張桂梅校長が山間部の女子校から送り出した生徒たちは今

日本語 |  2026-06-12 10:02:21

杨雨婷来源:人民網日本語版

微信扫码扫码下载客户端

 6月7日午前7時ちょうど、雲南省麗江市の華坪女子高級中学(高校)では、16回目となる、中国大学統一入学試験(通称「高考」)の受験生である3年生の壮行会が行われていた。張桂梅校長(69)は、他の教師や高校1年生、2年生の生徒を率いて校舎の前に並び、恒例となっている「紅梅賛」を合唱した。

6月7日、高校1年生と2年生の生徒と共に「紅梅賛」を合唱して受験に向かう3年生を見送る張桂梅校長(撮影・胡超)。

 「3年生がんばれ、先輩がんばれ」というエールが送られる中、張校長は受験生約100人と共に、バスに乗り込み、3キロ離れた試験会場に向かった。

 18年前の2008年、張校長が筆頭となり、雲南麗江の山間部に華坪女子高級中学が設置され、光が灯された。それからの18年間、張校長に見送られて、山間部から出た2000人以上の女子生徒はすでに「新たな光」へと成長している。卒業後、遠くへ行ってさらに大きな舞台で夢を追いかけている女性もいれば、成長した姿で山間部に戻って、故郷に貢献している女性もたくさんいる。

 高考の前夜、張校長は普段通り、教室の中を歩きながら、受験生の試験勉強を見守っていた。校長室の隣の3年生の教室では、数学の教師・周雲麗先生(33)が教壇に立ち、生徒の質問に答えたりして、ラストスパートをサポートしていた。

 周先生は華坪女子高級中学の第1期卒業生だ。かつて山間部から出た彼女は今、張校長と肩を並べて奮闘する「戦友」になっている。

 周先生は、「山間部から出て、お金をいっぱい稼ぐというのが子供の頃の夢だった。でも、華坪女子高級中学に入学してからは、張校長や他の教師の影響を受け、人は必ずしもお金をいっぱい稼ぐ必要はなく、社会の役に立つ人になることが大切だとに少しずつ気付いた」という。

 2015年、雲南師範大学を卒業した彼女は、公的定員枠の職をやめて、華坪女子高級中学に戻り、授業を代講する教師からスタート。1年後に試験に合格し、正式に就職した。

 それから約10年の間、周先生のように、大学を卒業してから戻って来て、山間部にある故郷に、青春を捧げる卒業生がたくさんいる。

 周光芳さんもその一人で、華坪女子高級中学第1期卒業生である彼女は2014年に、医学学科を卒業した際、2つの選択に迫られていた。1つは厦門(アモイ)に残ってキャリアを積むこと。そしてもう1つは故郷に戻り、末端の衛生院(診療所)で働くことだ。そして彼女は、故郷に戻ることを選択した。

 働き始めたばかりの頃、郷・鎮の衛生院の仕事はきつく、給料も安く、休みも少なかったため、周光芳さんは自分の選択は間違っていたのかと感じたこともあったという。ある時、体調を崩した子供を連れて診療所に来た母親の顔を見ると、彼女も体調が悪いことが一目でわかったものの、お金を使うのがもったいないと、治療を受けようとしなかった。そのため、彼女は、自発的に問診して、薬を渡した。数日後、その女性は感謝の気持ちを伝えるために、わざわざやって来たという。

 「その瞬間、私がここにいる目に見える価値がちゃんとあると分かった」と周光芳さん。

 それから約10年の間に、普通の医師から衛生院の副院長にまで成長した彼女は、チームを引き連れて、しばしば山間の奥まで足を運んでは、そのエリアに住んでいる人たちに無料診察を展開している。

 張校長は、「女子生徒が山間部から出て、視野を広げ、自分で人生プランを立てられるようサポートすることこそが、教育の意義だ。社会に出て見聞を広めて成長し、違った姿で戻って来ることができる」との見方を示している。

 張校長は、生徒たちが勇気を出して山間部から出ること、そして、外で学んで、成長して戻って来る人がいることをいつも願っている。戻って来て、腰を据えて励む人材が一人増えると、山間部の希望の光も増えるからだ。(編集KN)

责任编辑:杨雨婷